スペシャルインタビュー
パンサー尾形貴弘さん②
お笑い芸人の道へ
NSC は年下が多いんじゃないですか。
いっぱいいます。でも、「もうそんなこと言ってらんねえな」っていう感じで。
おれはお笑いをやったことなく、お笑いのシステムなんて、分かってないですよ。今でも分かってないですけど(笑)。
コンビを組んで、漫才やコントをしていました。当時は正統派のシュッとした感じのツッコミだったんです。でも、全然ダメでした。
仲良くなった同期が「尾形は熱いところが面白い」と教えてくれて、今の自分が完成された感じですかね。
本当に周りのおかげなんですよ。
コンビを解散し、ピン芸人「サンキュー尾形」になるんですよね。「サンキュー!!」のフレーズは当時から?
コンビの時も言ってましたね。「メンタル!!」とかも。何も変わってないですね(笑)。
ピン芸人でも全然ダメで、一時はやめようと思ってたんですけど、その時に人気のある先輩方が、人気のないおれをライブに呼んでくれたんですよ。芸人をやめないようにしてくれてたのかもしれません。それでとどまることができた。
菅良太郎さん、向井慧さんとパンサーを組んだ経緯は。
菅は考えてることが抜群に面白くて、おれが誘ったんです。でも、同じタイミングで向井が菅を誘ってたんです。
向井はたぶん、おれが入ってくるのが嫌だったんだと思うんですけど。
おれは「多い方がいいかな」ぐらいのノリで、「3人でもいいじゃん」みたいな。
菅が2人とも断りきれず、なんだかんだでトリオを組みました。
尾形さんと菅さんのコンビなら、ボケとツッコミはどちらが。
おれは何にも分かってなくて、「おもろいやつと組んだらおもろくなる」と思ってたんで。
だから向井が入ってくれて、本当によかったですよ。やっぱり、ちゃんとしたツッコミがいた方がいい。
奇跡ですね。本当に人生は運ですよ。
尾形さんのお笑いのポリシーは何ですか。
「裏」に行かないということですね。
例えば、4人が辛い物を食べて、前の3人が「辛い」ってリアクション取ってたら、4人目で「全然辛くない」って言ったら、ウケるの分かっているじゃないですか。でも、そういうのは絶対にせず、「辛い」で勝負する。そこは決めてますね。まっすぐやる感じです。
体を張る仕事がすごいと思います。
全然やります。やれるとこまでは、体張ってやっていきたいですね。
一生、若手でやっていきたいっすよ。悔いを残したくないから。つまんない人生が嫌だから。
達成感が気持ちいいというか。一生懸命やってダメだったらダメでいい。中途半端にやってると達成感はないですからね。
サッカーの経験を生かした仕事や番組は。
サッカーは今でも大好きです。ボランティアみたいな感じで、たまにサッカー教室をやってるんですよ。
スケジュールが取れれば、地方に行ったりして、子どもたちに指導しています。
おれはロケが多いから、スタジオに呼ばれないんですけど、熱いサッカー番組もやってみたいですね。
富山の印象は。
富一(富山第一高校)!
(サッカー元日本代表の)柳沢敦さんと同い年だから。おれの代で一番の選手ですよ。裏を取るのがすごくて、シュートがうまい。
本当に大好きな選手でしたね。高校時代に試合で当たって、柳沢さんにゴールを決められました。
部活動をしている中高生にメッセージをお願いします。
部活とかスポーツとか何でもそうだけど、ミスを怖がってやったら、絶対うまくなんないから。
あと、楽しむこと。自分がひらめいたプレーをしてみたら絶対楽しいし、ミスしたとしても、絶対プラスだし。
ダサくたっていいから、ブレずにやっていってほしいと思います。
ありがとうございました。
サンキューーー!
パンサー尾形貴弘
お笑い芸人

おがた・たかひろ 1977年生まれ。宮城県東松島市出身。
サッカーの強豪・仙台育英高校では背番号10番で、全国ベスト16に入った。中央大学卒。2002年にNSC東京校に入り、08年に菅良太郎さん、向井慧さんと「パンサー」を結成。『有吉の壁』や『笑わない数学』、『水曜日のダウンタウン』などに出演。
※掲載内容とプロフィール情報は
Future vol.22(2026.7.6)時点のものです。

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