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スペシャルインタビュー
パンサー尾形貴弘さん①

バラエティー番組などで活躍するお笑いトリオ「パンサー」の尾形貴弘さん。
高校時代はサッカーの強豪校でエースナンバーを背負う選手で、全国大会ベスト16に入った経験を持つ。
部活動に打ち込んだ思い出や学んだこと、お笑い芸人として活躍するまでの歩みを聞いた。

ダサくてもいいから泥臭く
中途半端は達成感ない

サッカーを始めたきっかけは。
出身が宮城県の東松島という所で、すごい田舎なんですよ。
小学校2年生の時、近所の兄ちゃんたちが神社で、鳥居をゴールにしてサッカーをやってたんですよ。
おれはサッカーを知らなくて、やったことないのに、全員を抜いてゴールを決めたんです。
家に帰って、親父に「サッカー、やらしてほしいんだ」って言いました。

運動神経が良かったんですね。
周りに山と海しかない所で、その中で遊んでいる超野生児でした。運動神経はそういうので養われたかもしれないですね。
地元にはサッカーチームがなくて、電車で6~7駅ぐらいのところにある小さなサッカーチームに入りました。
毎日、小学校が終わるとジャージに着替えて、電車の中でリフティングやドリブルをしてました。
田舎なんで、乗ってるおじちゃんやおばちゃんも毎回一緒で、「サッカー頑張れよ」って言われてミカンもらったりとかしてました。

サッカーで頭角を現すのは。
小学校の時に宮城県選抜に入りました。田舎のサッカーチームから選抜に入るのは、奇跡なんですよ。
周りは仙台の子ばかりで、髪の毛を真ん中分けにして、アディダスのジャージ着てる。
一方、おれはピッタピタの見たことないようなメーカーの赤いジャージを着て、野球のスパイクを履いてました。
角刈りみたいな髪型で、おれだけダサいんですよ。ドリブラーなのにビビっちゃって、ボールを持ったら後ろにパスしてました。
選考の期間が決まってるから、「どうせ落ちるんだな」と思ってましたね。
選抜の練習には親父が車で送ってくれていました。ある日、途中のドライブインに入って、親父に言われたんですよ。
「お前に一つも期待してねえから。プロや日本代表になってもらいたいとか思ってない。サッカーが好きなんだから、思いっきりやってくりゃいいじゃん。別に落ちたっていいんだよ。楽しくやってこい」って。
気持ちが軽くなり、練習に行くと、ドリブルで相手を全員抜いてゴール決めました。それで、選抜のレギュラーになったんです。
それからはずっと選抜に入り、エリートでしたね。親父の一言なかったら、サッカーもやめていたと思います。

仙台育英高校では、エースナンバーの背番号10番。サッカー部ではどんな存在でしたか。
ゲームキャプテンみたいな感じでしたけど、落ち着いているタイプではなかったですね。
ムードメーカー的な感じもあったと思いますけどね。今よりもクールで、
人をイジったりとか。
芸人になった今はどちらかというと、逆になってますけど。

強豪校ですから、練習はきつかったと思いますが。
厳しかったですね。練習時間は長いですし、走らなくてはいけないし、練習が終わった後にはグラウンドにトンボを引かないといけない。
先輩後輩の関係も厳しかったですね。タテの関係は、高校の頃と比べると、芸人の世界の方が全然甘いです。
本当に高校1年の時にだけは戻りたくない。

高校の部活で思い出に残っていることは。
選手権の県大会の決勝で負けて、試合が終わった時、おれは全然涙が出なかったんです。
スタンドにあいさつしに行くと、試合に出れなかったやつらが泣いてるんです。その時に、おれは涙が流れたんですよ。
サッカー部は人数が多くて、おれの代で試合に出れるメンバーは10人いないぐらいで、100人ぐらいは3年間1回も試合に出れないんですね。
そいつらが「ありがとう」「頑張った」って言って泣いてる。
「こんなかっこいいやつらがいるんだ」「こいつらともっとサッカーやりたかった」と思いましたね。
おれだったら、「負ければいい」って思うだろうし。だから、そういうやつらはみんな一生、友達ですね。

部活で学んだことは。
やっぱ、根性! 今の時代は、根性とか言うとあれですけど、根性は大事っすね。打たれ強さも。
部活でやっていることは、絶対に将来生きてくると思います。おれは学生時代に学んだことが全てだった。
学生時代は毎日いろいろなことがあるし、反省したことを生かしていけば、余裕で社会に通用すると思います。
あとは友達。サッカー部の同級生や後輩とは今も全然、会ってますね。
ただ、テレビでのイジりを真に受けて、変なイジり方してくるんですよ。
ガッチガチの体育会系だから、そういうやつらには「いつかやってやるからな」と思ってます(笑)。

大学も強豪に進みましたが、やはりプロを目指していたんですか。
サッカーで食っていくと思ってましたね。
でも、大学2~3年生ぐらいなると、試合に後輩が出るようになり、自分が出られなくなりました。
それまでエリートで、試合に出れなかったことはあまりなかったんですよね。プライドも高いし。
そこで頑張ればいいのに、おれは全部人のせいにしてたんですよ。「監督が悪い」とか「やってるサッカーがおれに向いてない」って。
頑張ることがダサいみたいに思ってました。遊びに走って、毎日ナンパしたり、酒飲んだり、パチンコしたり。
傍から見たら楽しそうに見えたのかもしんないですけど、人生で一番つまんなかったですね。生きてる感じがしないというか。
その時の自分が本当に嫌でした。だからこそ、おれは芸人でそういう思いしたくないから、人のせいにせずに一生懸命やる。
ダサくてもいいから泥臭くやるっていうのは、大学時代の経験があったからですね。

大学を卒業後は。
宮城に帰って企業のチームでサッカーしてたんですけど、周りのモチベーションが低くて、自分と温度差を感じました。
だから、サッカーやめようって思ったんです。
その時に「お笑い芸人っていいな」って思いました。もともとお笑い番組が好きで、ダウンタウンさんやダチョウ倶楽部さん、たけし軍団さん、出川哲朗さんたちが大好きだったから。
会社は2年くらいでやめ、上京してNSC(吉本総合芸能学院)に入りました。
高校の同級生と入るつもりだったんですけど、そいつが結婚して子どももできちゃって、おれ一人で入ったんですよ。

インタビュー2はコチラから

2026.07.06 エンタメFuture/中学生・高校生

尾形貴弘

お笑い芸人

おがた・たかひろ 1977年生まれ。宮城県東松島市出身。
サッカーの強豪・仙台育英高校では背番号10番で、全国ベスト16に入った。中央大学卒。2002年にNSC東京校に入り、08年に菅良太郎さん、向井慧さんと「パンサー」を結成。『有吉の壁』や『笑わない数学』、『水曜日のダウンタウン』などに出演。

※掲載内容とプロフィール情報は
Future vol.22(2026.7.6)時点のものです。

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